フランスで教会に行くと、よく絵画や彫刻がおいてあります。たいていは名もない絵師の描いた宗教画だったり、教会建築専門の彫刻家の作品だったり。しかしときどき、美術館で所蔵していてもおかしくないような「お宝」があったりします。
今回ご紹介するのは、美術館・博物館ではありませんが「美術館級」の所蔵品を持つ「教会」。場所は、パリのど真ん中。「レ・アル」と呼ばれる巨大ショッピングセンターがある地区の「サン=トゥスタシュ教会」のお話です。
photo by Takeshi
パリ中心の隠れた穴場アートスポット
「レ・アル」は郊外からやってくる路線が地下で集結する一大ターミナル。東京でいえば、新宿や品川のような役割の駅ですが、地上に線路はなく、街の中心部にぽっかりとあいた公園広場と最近リニューアルされたショッピングモールの現代的な建築がたたずんでいます。
その公園のとなりに、巨大な教会があります。創建は1213年にまで遡る「サン=トゥスタッシュ教会」。ここには17世紀の名画から現代アートまで、幅広い作品がおかれていて、知る人ぞ知るアートスポットとして知られています。市民がお祈りやミサに訪れる普通の教会で、もちろん入場は無料です。
photo by Takeshi
お宝の一つ目は、誰もがその名を知るフランドル地方(今のベルギー)のアントワープ(アントウェルペン)を中心に活躍した画家ルーベンス。ルーベンスといえば17世紀の前半、ヨーロッパ各国の王室や貴族、教会、そして勢力を持ち始めたブルジョワジーたちをクライアントに、作品を生み続けた当時一番人気のアーティスト。
たくさんの宗教画や肖像画で知られていて、教会に納められたものも多いのですが、ここサン=トゥスタッシュ教会には彼の名画『エマオの晩餐』が礼拝堂のひとつに飾られています。
photo by Takeshi
なにげに飾られていますが、まぎれもないルーベンスです。
キリストが復活した場所の近く、エマオという町での村人との交流を描いた絵です。
ポップアートがカトリックの教会に?!
そしてもうひとつのお宝は、なんとアメリカのアーティスト、キース・ヘリング。言わずと知れたポップアートの人気作家で、彼はエイズに冒されて1991年に31歳の若さでこの世を去ったわけですが、その最後の作品『キリストの生涯』がこの教会の礼拝堂のひとつにおかれています。
photo by Takeshi
ポップアートの旗手として、カラフルなスタイルで世界に知られる彼が最後に遺したのは、白色の金箔で輝く作品でした。三連祭壇画と呼ばれる3枚の板をつないだ伝統的な宗教画の手法で作られたもの。キースへリング自身が粘土で型をつくり、そこから鋳造された9つの作品が生まれました。
なぜそれがここにおかれているかというと、実はこのサン=トゥタッシュ教会は、エイズの啓発活動を早くからサポートしていたからなのです。キース・へリングは他の多くのアーティスト同様にパリを愛し、この祭壇画をパリに遺したいと望んだのだとか。
その遺志を継いだのはジョン・レノンとオノ・ヨーコの財団。パリ市の協力のもと、エイズ啓発活動にゆかりのあるこの教会に寄贈したというわけです。
キース自身は、この作品の型を彫り上げて2週間でこの世を去り、作品そのものの完成を見ることなく亡くなったそう。描かれているのはそのタイトル通り「キリストの生涯」で、モチーフとしては教会に見られる祭壇画と変わりませんが、スタイルは完全にキース・ヘリング。中央のマリアに抱かれるキリストや天使、そして民衆の姿を描いた現代版の宗教画は、いまの私たちの心に強く訴えかけます。
他にもこの教会には絵画や現代アート作品がおかれ、「ニュイ・ブランシュ」など、パリのアートイベントにも場所を提供するひらかれた教会。ガイドブックにはあまり載っていないけれど、アートファンならぜひ行ってみたいスポットです。
<Information>
Paroisse Saint-Eustache サン=トゥスタッシュ教会
2 Impasse Saint-Eustache, 75001 Paris
公式ウェブサイト
https://www.saint-eustache.org/