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I LOVE!北海道!青春時代を過ごした札幌|北海道は第2の故郷

 

何年経っても色あせない輝いていた瞬間というものがありますよね?

瞬間という言葉は使っていても、人により、本当に一瞬のときもあれば、それが数年ということもあります。

それぞれの人々の環境や年齢、そして男女によっても違うでしょう

今回取り上げたいのは、「今、輝いている!」ということではなく「何年経っても」色あせない輝きについてです。

人生には、(多少なりとも)浮き沈みがある

ということを実感しているかたは多いかと思いますが、そういう瞬間の記憶があるからこそ、苦しいことがあっても頑張ることができたり、気持ちのリセットができます。

私にとって、その輝いていた瞬間は、北の大地で暮らした4年間の期間になります。
しかも、一番多感で感受性も強かった学生のとき、青春時代でした。

その時の輝いていた経験・体験から、(勝手にすいません)「北海道は第2の故郷!」と常に公言してきて、今にいたります。

そういう背景のあるなか、コロナ禍は長期にわたる様相で、日本経済にも相当のダメージを与えてます。
特に北海道への交通手段として外せない、航空業界を筆頭に、ホテル等の観光事業飲食業が、真っ先に壊滅的打撃を受けていることは、皆さんもご存じの通りです。

賛否両論はあるにせよ、そういうなかでGO TOキャンペーンがスタートしました。

1日半しか時間は確保できなかったですが、せめて少しでも経済をまわせるならと札幌へ!
そして新千歳空港に降り立ち初めてこの活動があることを知りました・・・

ただ、どこの市区町村も大変なので、さすがに全国CMはできないでしょうが、内地に住んでいる人間には、この情報入って来てなかったです・・・

とはいえ、知ったからには我が故郷!

やらねばなりません。

少しでもお役に立つために、記事を書かせていただきます。

かなり長くなってしまったので、この学生編とその後現在までの2編に分けさせていただきます。

それではちょっと(?)、昔のはなしから
※かなり前なので、ほとんど写真が残ってません
数少なく残っていた写真と卒業アルバムから、撮影したものをアップしてます。色合いは風情としてみてください・・

初めての北海道!

初北海道は、修学旅行 高校2年の真夏でした。
※この時は、まさかその後4年間、北の地で暮らすことになるとは思ってもいなかったです。

千歳空港(新千歳ではなく、今の「南千歳」にありました)に降り立った瞬間、「涼し〜!」とびっくりして、思わず声を出すくらい、本当に涼しかったのを覚えてます。

決して大げさでなく、北海道全体にクーラーが効いているようでした。

訪問箇所は

『大通り公園』『時計台』
『札幌ビール工場』『昭和新山』
『洞爺湖』『白老ポロトコタン』
『登別地獄谷とクマ牧場』『大沼公園』
『五稜郭』『トラピスチヌ修道院』
そして
函館の夜景』です。

いまよりちょっと(すいませんかなり前です・・)とはいえ、すべてが新鮮で広大な土地に圧感され衝撃でした!

大自然を感じる地だけでなく、都市部なのに自然との調和が素晴らしい札幌

アイヌの歴史を身近に感じ、知ることのできる、白老ポロトコタンなど

見るもの聞くもの、どれもが新鮮で、常にテンションが上がっている状態でした!

電柱・・

これは社会人になってから札幌再訪したときのものですが、当時の時代を反映しているのでここにアップしておきます。
札幌駅は、高架線路ではなく、駅前にSLが設置されてました。(の筈です・・)

登別

卒業アルバムから(時計台は、残念なことに修理中でした)『愛護しましょう・・』

※一応、戦後何年も経過してます。時計台修理の歴史をチェックしてみてください。

白老ポロトコタン

トラピスチヌ修道院

大沼公園

空気も水もおいしい!
と感動しまくっている(結構ガラの悪い男子校でしたので・・)、目つきの悪い連中を引き連れ、笑顔の素敵なバスガイドのお姉様が、明るく引率していただいたことも、非常に楽しかった思い出として刻まれてます。

夜、函館の夜景を観るために、函館山へ!
さっそく観光バスに乗り込んでスタートです。

そして、クネクネとした道を登って行くと・・・

見えてきました! 夜景!! 本当に宝石の様に輝いて見え、「えっあの あいつが!?」というヤンキーも少年の顔になり、目を輝かしているではありませんか!
※その後、そいつがバスガイドさんに懸命に書いたラブレターを渡し、やんわりと断られ撃沈
一気にテンションを落としていたので、夜景を見せながら励ましたのも、今となってはいい思い出です・・

卒業アルバムからの転写のため、ページ折れ目と文字が入ってますが、その時の写真です。

こうして楽しく、夢のような修学旅行が終わり、輝かしい瞬間として刻まれたわけです。

そしてまた北海道へ!

詳細は別記事にて触れているので、ここでは記載しませんが、進路について散々悩むことになりました。
ネットなどまったくない時代にやっとみつけた、夢の様な学部。

しかしその学部を設けている大学が、(当時は)全国で数校しかありません

そのうちの一つが北海道!

なんの迷いもありません!即決断!!です。

そしてまた北の大地に降り立ち、今度は学びの場として4年間暮らすことになりました。

冬の北海道

最初の洗礼は、雪道
というより真冬になると、道路はガチガチに踏み固められているか凍結している状態
ほぼアイススケートリンクです。

さらに、車が通る重みがあって車道の真ん中は窪み、道路脇に雪をかきわけ高くなっているとこが歩道(雪道)という道が結構ありました。

そうなると、車道の中心が一番低い『すり鉢状』になっているわけです。

それこそ、そこでツルっと足を滑らせたら、一気にザーと中央部の車道までスライデングです・・・
雪道初心者は、車が来たらその場で歩みを止め、「動いたらヤラレる」とじっとしとかねばならなかったです。

でも、毎回そんなことはやってられず、とはいえ怖い・・シャレになりません!

そうこうしているうちに、学友からペンギン歩きを伝授してもらい、なんとかこける回数は減りましたが、それでも道産子にはかないません
違いは靴にもあったからです。

当時は「スノトレ」(スノートレッキングシューズ)か、ウェスタンブーツ靴底をスノトレ仕様にしているもの(その当時の流行です)を履き、冬を迎えていたんです。
※当時のものではないですが、「最近はもうウェスタンブーツがなくってきた」と聞きつけたので、旅行時に慌てて買っておいたものがまだありましたので参考に・・

学生時代愛用していたのは、これではなく普通のキャメル色ツヤなしです。(スタンダードタイプ)

中にまで革が貼ってあり、丁寧な仕事によって作られているのがわかります。

これが秘密の滑り止め加工」された靴底です。これを履いて滑ったことは一度もないです。※ハニカム構造形と中の突起がミソです。

それを入手してからは、ペンギン歩きのスキル上達もあって、まったく雪道でこけることはなくなりました。

もともと雪は大好きだったし、若かったこともあって冬シーズンでも全然苦にはならず、むしろ楽しかったです。

ただ、貧乏学生だったため、暖房はあまり使えません。
そんな状態だったので、布団をあごのあたりまで被せないと、顔も寒いです。

たまに朝起きると、息が当たっている箇所の布団が凍っている(実話です!)というときは、「寝相が悪ければ死ぬな」と思って、さすがに緊張しました。

もちろん二重窓でしたが、そんなもので北海道の凍れる空気は、跳ね除けることはできなかったのです。

冬を経験し、道産子の皆さんと内地の人間との違いに気づきました。

それは、結構寒がりで、雪の中では基本、傘はささない人が多いということです。

傘をささないのは合理的で、北海道の雪は水分量が少なく、外気温もかなり低いため、暖かい建物内に入る前に、手でバサバサと雪を振り払えばほとんど落とせます。

また、強い風もよく吹くので、傘をさしていると斜め下から(これも実話です)、雪が吹きこんでくる。そして、手がとても寒いです。

なので当時は、安全上はよくないですが、「ちょっと猫背にして、両手をポケットに突っ込んで歩く」というのがスタンダードでした。

数少ない、当時の写真から(雪の中を歩く人)

ちなみに、普通の車道が、すぐに雪で埋まります。

寒がりというのは、環境要因のせいでしょう

状況によっては、布団が息で凍るような環境です。私は別として友達の家へ遊びに行くと、ストーブをがんがんに炊いてます。そして外出する時は完全装備!

当時の私の服は、道産子にとっては『薄着』

よく「お前、そんな格好で寒くないべさ?」と言われたものです。
そして、私の部屋へ遊びにくると「寒い、寒い」の連発でした。

今は、空調管理システムも発達し、真夏に気温三十度が当たり前となってしまいましたが、そこは北海道
凍れるときは凍れるので、今も寒がりの人は多いのではないでしょうか?

雪や寒さに対する好き嫌いはあるかもしれませんが、雪の中の北海道も楽しく、都市部は都市部で、大自然は大自然で、『雪景色での映えかた』も最高です。

冬の北海道は、雪まつりシーズンじゃなくとも、一度は足を運びご自身の目と体で体験してみてください。※完全防備と靴底につけるステッパーを装備するか、現地で靴を買うのは必須です。

夏の北海道

やはり最高のシーズン!です。

暑いといっても、湿度が低いためカラッとした暑さで、むしろ爽やか!

しかも(当時は)真夏でもほぼクーラーがいらず、暑ければ窓を開ければ涼しい風が流れ込んできます。
※実際、当時は地元の友達のとこへ遊びに行っても、クーラー自体を設置してないとこが多かったです。
車でも”クーラーを付けるかどうか”を選択できる時代だったので、クーラーなしを選択する人が多く、付いてない車が普通に走っていました。

空気が澄んでいることもあるのでしょうが、夏草の緑・空の青・雲の白色

これらの自然界の色がいっそう映えるのも、この季節です!

秋が短いのもありますが、この夏景色と冬の雪景色は、いまでも記憶として鮮明に、脳裏に焼きついています。

最近は、普通に三十度を超える様になったとはいえ、澄んだ空気と爽やかな風(結構、強風になることも多いですが)を感じることができます。

また、有名な『富良野のラベンダー』が色鮮やかに咲くのも夏です。※7中旬から遅くて8月下旬でしたが、最近は気温変化影響あるので、ホームページで、確認はしておいたほうがいいです。

そしてグルメに関しても、肉は年中ありますが、旬の野菜は、この季節から秋にかけてのものが多く、人気の高いとうきび(とうもろこし)を、大通りの屋台で食せるのもこのシーズンならではです。

北海道に上陸したことがない、というかたは、ファーストトライとして、夏〜初秋までを最初にお勧めします。
一気に大ファンになるはずです。

秋の北海道

北海道の秋は短いです。

気温の関係もあり、8月下旬にはすでに秋の様相になってきますが、10月中旬くらいになり、『雪虫』が飛び出すとそろそろ初雪が降ります。

そうなると一気に、気温も下がり、すぐに冬に突入します。

とはいえ、この秋のシーズンこそがベスト!という意見も多く、いいシーズンです。

紅葉の期間は短いですが、人工ではない自然界の美しさを、堪能できる景色に出会えるのもこのシーズンです。

そしてなんといっても「食事がうまい!」季節でもあります。

先にも述べましたが、貧乏学生であった身では、食にそれほどお金はかけられなく、当時豚肉より安かった「ラム肉」「もやし」
そこへ、『ベルのジンギスカンのタレ』そして、当時はりんごの中でも一番安かった「紅玉」を擦ったものを混ぜ、食べるのが楽しみでもありました。

その時に、少し贅沢して季節の野菜、特に玉ねぎとかぼちゃ!これがまた美味しくてたまらなかったです。(なまらうまいべ!です)

鮭とイクラのシーズンでもありますので、肉・野菜・魚の食べ歩きツアーなんかにもいいシーズンです。

思いっきり美味しいものを食べ、自然の風景を満喫してください

学生時代は、観光地に足を運ぶことはそうそうできなかったですが、大自然はいくらでも満喫できます。
よく足を運んだのは『野幌原始林』(野幌森林公園)で、大自然のなかを散策でき、植物だけでなく、野鳥の観察もできるので、是非足を運んでいただきたいところです。

ここには象徴として、『百年記念塔』があり、自然の中にそびえ立つ塔が好きでした。
これは数枚、当時の写真が残っていたのでアップしておきます。

この百年記念塔も取り壊しが決まってしまいました・・・

また一つ、心に残る大事な物が消えます。
解体決定を知って、慌てて再訪した時の写真もアップしておきます。(空まで悲しんでます。)

時代の流れとはいえ・・老朽化・・寂しく悲しいです。

春の北海道

当時は・・(あくまで『当時』です)、春の北海道はあまり好きではなく、地元つまり道産子の友達も同意見が多かったです。

というのは、冬編で書いた通り、地面がアイスバーンになっているとこが多々あったせいもあって、車には『スパイクタイヤ』が必須であり、ほとんどの車が使ってました。

確かに雪道を走るのには最適で、安全性も非常に高いのですが、問題は雪がないとこでは、スパイクが地面やアスファルトを独特の『ヂィー』という音と共にガリガリ削ってしまうことです。

ただでさえ雪が溶け始め、地面がぬかるんでドロドロになっているとこへ、その粉塵が覆い被さり、それはもう汚い状態でした。歩くのも大変。さらに当時から問題視されていた、粉塵による健康被害・・・

そういうこともあり、好きではなかったのです。

それでも道を歩いていると、草木の芽が雪の中から、ひょっこりと顔をだし、「ああ 春がきたな」といい感じに季節を味わうことができるのは、この季節ならではでした。

今はもちろん、スパイクタイヤも禁止され、道路も整備されているので、そういうマイナスポイントはありません

特に『花』が好きという人なら、チューリップをふくめ、広大な土地の中に、いろいろな花が咲き乱れた景色を楽しめるのは、このシーズンならではです。やはり写真でみるのと、実際に自分の目で見るのでは、全然違いますよ!

こういう大自然のなかで、季節を体全体で感じることができ、道民の皆さんの暖かくて、純朴な性格も大好きになり、北海道を第二の故郷と決めつけながら、楽しかった4年間はあっという間に終わってしまいました。

4年間のあいだには(髪の毛を風になびかせていた時代の)、松山千春さんのコンサートに行き、そのカッコよさに痺れ、全員一丸となって何度もアンコールをしました。
またそれに何度も応える千春さんから「おめぇらいい加減にしろよな!」と言いながらも「それじゃ!これが最後な!」というサービス精神を味わえたのも北海道でのコンサートだからです。
その他、美術館巡りをして感銘を受けたり、大自然の中を散策し図鑑でしかみたことなかった野草や野鳥を直接目にし感動しまくる・・と、パーソナリティの成長にもかなりの影響を受けた土地であり、瞬間です。

就職先の関係で、そのまま北海道に根付くことはできませんでしたが、開拓の歴史も肌で感じ、共感する点もふくめて、精神は道産子のつもりです。

その後、デート旅行・新婚時代・子供連れと何年にも渡り、できるだけ北海道には足を運び、特に札幌ですが、時代と共に移り変わる変化も感じてます。

次は、そのあたりについて書きたいと思います。

まずは、第一弾、私の思い出ばなしに、お付き合いいただき大変ありがとうございました!

HOKKAIDO LOVE! 第2弾は、こちらです。

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